2009年3月
この時期になると、連日、夜遅くまで、職人たちと凍えるスタジオで工事をしたことを思い出します。
平成十八年一月初旬、一ヵ月後の二月十日にプレオープンが決まっているのに、スタジオを着工していません。前年の十月、すでに某有名コンサルタント企業から、市場調査、競合他社との差別化等を考慮した、理想的なプランを提案されていました。しかし、私は決断ができないまま三か月が過ぎていたのです。
「明日、大工さんを五人呼んでください」私はスタッフに頼み、スタジオの中で考えることにしました。
もう着工しなくては間に合いません、コンサルタントと考えた、あのプランで始めるしかない。暖房の無い、コンクリート剥き出しのスタジオ、寒さで頭が痺れても、目は冴え、脳ミソはフル回転をしています。
明け方、少し疲れたので、床に座り目を閉じました。
生前、大工の父親が元気なころ、毎晩のように議論をしていました。大学を卒業し、世界中の住宅を見て回り、機能とデザインを学び、天狗になり、頭でっかちのバカ息子の私に、父親が静かに言った言葉です。
「おれは、人の住む家を創っているんだ。」
私は立ち上がり、プラン図面を破り捨てました。
「親父、ありがとう」
私は集まった大工さんたちに言いました。
「図面はありませんが、今日から着工します。まず、わたしの夢のプランを聞いて下さい。」
私は幸運にも、父親に感謝することから、スタジオの工事を始めることができたのです。
(廣井)



